最近思うこと。

晩酌をしながら金スマ観てたら、今日は3.11。
東日本大震災から5年目の番組をしていた。その中で書道家金澤翔子さんが出ていたね。
人の行動には目的があるというけど、彼女の行動に裏はないと感じる。素直な心は、きっと素敵な環境で養ってきたんだろうな。
優しさが十分に伝わってきたよ。


話は変わるが・・・
仕事も年度末ということで、各種反省から新年度の準備などなど追われている。
うちの部署はA型事業と言って、軽度の障害がある方が清掃業務を行って働いている。清掃というと3Kの部類の仕事だと思う。
『キツいと汚い』ってのが特に大きいね。
だけど、その分うちのスタッフが掃除しているマンションは他のマンションより綺麗だという自負はあるよ。住民の方も喜んでくれるといいけど~

ただ、支援員にも葛藤はあるよ。
福祉職をするつもりで来た人は、どっちが本職?って感じもする。
法人内の異動によっては、今まで利用者さんと一緒にダンスや体操なんかをしていた人が4月からはトイレの掃除をするようにもなる。
掃除もできる福祉staffなのか?福祉もできる掃除staffなのか?

利用者さんの給料を上げようとすれば、その分清掃の仕事を増やしていくことになる。
彼らの業務時間と自分たちの業務時間が一緒になってくる。
こうすることが使命でもあるから、目的を果たしているともいえるが、そうすると支援員は時間外でデスクワークなどの残務をこなすしか無くなっていく。時には10、11、12時間・・・と
さらに彼らの生活の場を支えようとすれば、土日や夜間支援も必要になる。
障がい者福祉を本人さんや家族だけが負うような事はたまらないが、こうした福祉サービス向上の部分は国というより、現場スタッフの仕事を超えた『厚意』によって支えられる部分も大きい。
家族の支えと『厚意』なくして、今の福祉は維持できなくなっているだろうと感じているよ。
そしてこの手の仕事をしている人たちが感じることだろうが、労働環境が良くなかったり、正当な対価がもらえていないということ。
家族も福祉のスタッフも聖職者ではないんだけどな・・・

だが、こればかりは仕方ない。
現状を国にも理解してもらうことは必要だが、他力本願だけでなんとかしてくれってだけではどうかと思う。
もらえる予算・環境で、できることとできないこと、自分らの良いアイディアで改善をするしかない。
この点はまだまだ我々にも足りない部分だと思う。
幸せになりたければ、自ら幸せになる努力をするべきだ。
近いうちにもっと働きやすい環境にしたい!

そして何より、やりがいがあるのがこの仕事。
きつかろうと敬遠せずに、若い人も是非この仕事を試しにやってほしい。それだけ得られる大事なものがありますから。

そんな中、嬉しいこともある。
こんな状況だと本来やらないといけない仕事もおろそかになりがちなんだけど、そうした仕事の大事さを改めて理解をしてやろうと努力をしてくれている人はいる。
そうした姿を見ていると『ありがとう!』って言いたくなった。

お疲れ様です。いつもありがとう!